思索の森

2009年5月31日 (日)

小さな犯罪。かなしきおばさん

 今日は店に行っていた。

 ザックやらシュラフやら何やらを、品出ししていたところ、店の出入り口で「ビー」と電子音がした。

 店の商品には、インクタグその他、防犯用のタグが取り付けてあり、外さずに出入り口を通ると警告音が鳴るようになっている。店のものがタグを持って出入りしたり、買ったものであるにもかかわらずレジで外し忘れたり、出入り口近くで商品をいじっていたりすると鳴ることはままある。

 オロ、鳴ったかな、と顔を上げると、出入り口でおばさんがまごついている。年は60前後から半ばくらい。

 レジでタグを外し忘れたか。「すみません」と声をかけると、どことなく様子がおかしい。おばさんはおもむろに購入のしるしであるシールを貼ったTシャツを見せた。しかし、タグは付いていない。

「すいません、もう一度通っていただけますか?」と出入り口を通ってもらうと、「ビー」。おばさんは悪びれて、「ああ、これもって出ちゃった」と手に握っていたメガネの弦につけるバンドを差し出した。しかし、残念ながら、タグは付いてはいなかった。

「まだ、ありますよね」と、言うしかなかった。おばさんは芝居交じりにかばんを開けて、「これ」と、商品である財布を取り出した。果たしてタグが付いていた。

 いい年であったこともあり、店長の温情で、警察に突き出すことはなかった。

 なんと言えばいいのか。分別もある、いや、たぶん孫もある年齢だろう。そして、手に入れようとした品々は、合計2000円もしない。おばさんにとっては、これもたぶんまったく不要のものであろう。

 「すみません」とおばさんが足早に去ったあと、「病気やね」と店長が言った。

 なんだか苦い感じだけが残る事件であった。

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2009年5月13日 (水)

たまには私事。読まないでね。4

 鏡をのぞくと、ひんそでやせこけた男が立っていた。

 いや、ひんそな肉体に乗っかっているのは間違いなくおいらの顔。しばらく散髪していないせいもあるが、頭が異様に大きく膨らんでいるので、余計ひんそに見える。

 てなわけで、体重計に乗っかった。61.5kg。わが目を疑った。年末には72~3kgあった。都合、10kg以上やせたことになる。

 このところ、体重が減っているのはわかっていた。まあ、大好きだった甘いものを食わなくなったので、おお、体重が減る減る、贅肉も減る、と若干喜んでいた。

 こないだ、65kgになった。おお、学生時代以来の体重ではないか。こりゃ、あれだけ最近腹が出てきたと気にしていたのに、なんと、腹をへこませるのは簡単なことよ、と思っていたのである。

 しかし、61.5kgとは、大人になってからの未体験ゾーンに突入してしまった。

 山に登っていることとやせることは、もう長年登っているのだからあまり関係のないことはわかっている。歩き方がうまくなれば、カロリー消費も減るので、意外とダイエットの効果は薄いのだ。大体、今年に入って急に効果が現れることなんてありえない。

 かといって、病気というわけではなさそうだ。体調も悪くないし、疲れやすくなったというようなこともない。山もぐいぐい登っていける。そうそう、10kgのお荷物がなくなったのだから、今ならクライミングも楽にできそうだ。チャンス?

 うーん、脂肪はなくなるが、筋肉がつくことはしていないので、体重が増える要素は確かにないが、もう少し、観察してみる必要がありそうだ。なんぼなんでも50kg台に突入すると問題のような気もする。

 鏡を見て思い出した映像。それは『シンドラーのリスト』で見たアウシュビッツのユダヤ人である。それだけはご勘弁願いたい。

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2009年5月 1日 (金)

携帯のおばか

 先ほど来、携帯電話を紛失して、1時間近く延々と探していた。

 現在の携帯は、サービスで、現在の所在地を調べてくれる。

 で、調べてみたが、ある地点の半径1500m以内にあると教えてくれた。自宅付近であるが、大雑把すぎて探しようがない。

 部屋中を探してもないし、探してもらった時点で電話は停止される。電話は鳴ることもないし、マナーモードにしていたのでもともと鳴らない。万事休す。

 帰ってからの行動を思い出してみた。

 ポリ袋に2つ分のごみを捨てた。まさかな、と思いながら、ゴミ捨て場に行ってごみを拾いなおして袋を開けると、なんと、あった。回収されていなくてよかった。

 一昔前なら、こんなことであせることはなかった。携帯をなくして何が困るかというと、友人や知り合いの連絡先がまったく不明になることだ。仕事先はたいがい名刺をもらっているので、何とかなるが、より親しい人となると、もうからっきしだめだ。携帯電話が普及する前なら、最低いくつかの電話番号を覚えていたものだが、今は近親のものでさえ携帯に頼りきって、電話番号もわからず、まったく連絡するすべがなくなってしまう。

 時代が変わることで、いろいろなことが変わる。連絡は取ろうと思えば必ず取れるのが当たり前になり、いつのまにやら連絡が取れないことが、不信感や焦燥感を感じさせるようになった。取る方の立場はもちろん、いつ電話があるかもわからないので、電話に出られない状況に自分が置かれたときでさえ、あせってしまう。

 それがどうしたといわれれば、いや、どうもせん話なんだけれども…。

 便利なのか、不自由なのかわからん。

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2009年3月19日 (木)

たまには私事。読まないでね。4

 今日、久しぶりに以前の上司に電話をした。

 3月15日に、写真家の真島満秀さんが急逝したことを知った。

 鉄道写真の第一人者であり、その旅情をそそる写真は、僕の中では、ちょっと特別だった。刷り上げたもの、例えばJTBの時刻表の表紙でその写真にふれた事のある人も多いだろう。そういう意味では、僕は幸せ者であった。そのスリーブを何百枚と見ることができたのであるから。そのすごさはちょっと言い表すことができない。鉄道写真のよしあしは僕にはわからないが、駅を往来する人々の暮らしに入り込み、生活感あふれる写真。状況の悪さを逆手に取り一瞬を捉える目と技術。

 僕がお付き合いしてきた多くのカメラマン・写真家のなかでは間違いなくトップクラスである。

 ジーンズ姿で颯爽と編集部に現れ、ぺーぺーの僕にも「加藤ちゃん」と親しく接してくださった。一緒に泊まりで鈴鹿峠の取材に行ったのは何年前か。写真を撮っている時の厳しさと気迫。被写体との接し方。プロの仕事とはこういうものかと教わった。濃密な時間であった。

 その帰り、西宮に寄ると言う真島さんを乗せて車で国道1号をひた走った。助手席でビールを飲みながら、真島さんはいろいろな話をしてくださった。仕事のこと、写真のこと、人との付き合い方、上司をいかに信頼しているか、などなど。

 仕事もさることながら、ひと言で言えば「かっこいい人」であった。そして、人情に厚い人であった。年をとったらああいう人になりたいと思う、憧れの人でもあった。

 僕にいろいろなことを教えてくださった人は他にもたくさんいる。そして、僕は年を重ねるごとに、こういう訃報を耳にせねばならないのだろう。

 そのたびに僕は心の中でありがとうございましたと、言い続けるしかないのかもしれない。

 真島さん、ありがとうございました。もっと、真島さんの写真が見たかったです。残念です。

 ご冥福をお祈りします。Img_4631

『楽歳 No1』(2006年、山と溪谷社)より

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2009年3月 3日 (火)

最近頻繁に私事。ぼやき編

 すいません。多忙すぎて、山行きの話題が書けませんです。

 更新すべきなのですが、更新すべき内容も……。再来週には何とか……。

 そこで、世の中、不況でゲスなあ。などと嘯いてみたりもする。

 わが業界、いや、山に不況なんぞないのだが、経済活動でいうところのアウトドア業界。もともと、1月、2月はあんまりよくない時期、つまり底なんですな。しかし、雰囲気的に、じわっと来てる感じもする。

 もっとおおもとのわが業界、出版業界なんぞ21世紀に入るころには「出版不況」とうたわれ、そろそろ10年が経とうとする。

 ネットを使ってて、こんなこと書くのもなんだが、ネットだけじゃなくて本も読まんと、経済的には知ったこっちゃないが、文化的にこの国はどうなるのかね、と思わないでもない。

 大体にして、本作ってる人間がどれだけ本を読んでいるか、愛しているか、最近は微妙な感じもする。

 難しいやね。みんな生き残りに必死だからね。

 なんか出すことに意義がある本なんて、出版する余裕なんてどこもないもんね。

 いや、あるか。ああ、昨年、在阪の出版社を訪問したところ、うちは何年も長い時間をかけて売れる本しか出さないといってたわいね。数十年のロングセラーがあって、担当者がもう他界していて重版の時や問合せがあったときに困るなんて本があるらしい。

 これなんか稀有な例でね。

 内容のいい本が売れる本じゃなくて、売れる本がいい本だからね。こりゃなかなか、どういっていいのか。売れる本っちゃあ、テレビ本やタレント本だったりもするんだけども、じゃあ、絶対売れるかってえと、なかなか。一番堅いのがテレビの番組本かねえ。

 そういやオイラも最近は芥川賞作品も読んどらんけん。まだ『文芸春秋』売っとるんかいのお。正直なところ、直木賞作品の方が、オイラ面白いんじゃけんど、『オール読物』には一部しか掲載されんので、あんまり買わんのでかんわ。でも、ちゃんと買って読まにゃいかんと思っちょるンでよお。

 でも、その前に読んどかにゃいかん作品もいっぱいあるでよ。まだまだじゃわいのう。

 いかんちゃ。わし、何人かようわからんようになってきよったで。 

 ま、今ンところ日本人ちゅうことだからよかんべか。

 さ、寝るべ、寝るべ。

 

 

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2009年2月25日 (水)

里山のこと

 ちょっと忙しすぎて山に行けない。ので、ちょっとしたお題についての考察。

 里山のこと。

 自然をの大切さ語る場合、どうしても「原生的な自然」について語られることが多い。

 実際、わかりやすいので致し方ないのだが、日本の自然を語る場合はかなり微妙なのである。

 人の手が入っているか、入っていないか。実はどちらも大切であったりする。キーワードは「農村」である。現在の、ではなく、燃料革命が起こる前の、農村。Img_2148s

 『山と溪谷』の2008年12月号にも書いたが、僕の子供のころ、母方の田舎の三田市の山奥は、すでに燃料はガス等に移行していたのであるが、農耕用の牛がおり、鶏小屋があり、縁の下にはアリジゴク、裏山の木を蹴とばすとクワガタムシが、庭の前の田んぼの水路にはドジョウにタイコウチにミズカマキリ、お風呂は五右衛門、屋根はもちろん茅葺である。素っ裸で泳いだ川は、まだ、護岸工事がなされていなかった。

 小学校の何年生の時か忘れたが、川で泳ぐ気がなくなった。それがなぜだがしばらくはわからなかった。しかし、川の変化には気づいていたようだ。

 いつの間にか牛はいなくなり、茅葺はとたんの下に隠れてしまった。五右衛門風呂はステンレスの浴槽になった。そうそう、土間だった台所は、いちいち草履に履き替える必要もなくなった。

Img_9595s  茅葺の消失や、田畑の肥料が化学肥料になったことで、採草の必要がなくなり、ススキの草原が消えた。燃料革命で、炭を焼く理由もなく、柴刈りや、落葉を拾い集める必要もなくなり、雑木林は放置され、荒れた。

Img_9709s  関西の雑木林で見られる、コナラやクヌギ、また、アカマツなどの林は、実は遷移途中の森の姿である。ほうっておけば遷移が進み、暗い照葉樹林の林に変わって、遷移がストップする。それが極相林である。

 極相林はいわば、本来の森の姿といえる。つまり、原生の森に近い。この1000年ほどの間、人間が常に手を入れてきたことによって、遷移の途中の姿で森はストップさせられていたのだ。

 さあ、ここからが難しい。極相林は本来の姿だからそれはそれでよい。よいのだが、人間が手を入れ続けてきたがゆえに雑木林は明るく保たれ、その恩恵を受けてたくさんの動植物が生きてきた。田畑やため池なども含めた、環境省のいう里地里山が、日本の生物多様性を保つ役割を果たしてきたのだ。

 と、言うような事を、考えたりしている。

 日本人は、期せずして、自然とうまくやってきた。まあ、時には伐り過ぎて禿山にしてしまう山もたくさんあったようだけど。しかし、いまさら30年、40年、50年前の生活に戻ることはできないというのも現実だ。

 かなり難しいお題だが、しばらくは、頭の隅に置いておきたい。

 やっぱ農業かぁ。

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2009年2月22日 (日)

たまには私事。読まないでね。3

 友人のこと。

 友人というのはいい。

 きわめて陳腐な表現なので、赤面してしまいそうだが、他に言葉が見当たらぬのでそう書く。

 かれこれ20数年の付き合いになるので、いまさら何を熱く語り合うこともない。密に連絡を取り合うわけでもない。しかし、何というのか、実にいいタイミングで、そばにいる。さりげなくそばにいる。人生の節目、節目にいる。

 さりげなく。それはきっと彼ら一流の気遣いなのだろう。それが実にうまい。

 さらさらとした感じ。

 自分で言うのもなんだが、すこぶる不器用な人間だから、いつもこちらが世話になる。

 深くは語らない。いや、語ろうと思えばいくらでも語るのだが、その必要もない。何も隠さないし、飾らない。特にはしゃぐこともない。まあ、あんまりずけずけとするのは何だし、親しき仲にも礼儀ありだから、遠慮はあるような、ないような。

 そんな感じ。

 適当なのだろう。ほんとの意味で。

 お互いに年はとる。取り巻く状況も変わる。でも、きっと彼らにとっての俺は変わらぬし、俺にとっての彼らも変わらぬ。という気がする。

 別にここに書く必要もないのだが、なんとなく書きたくなった。

 友人というのはいい。

 さらりというのがいい。

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2009年2月 4日 (水)

たまには私事。読まないでね。2

 今日も神戸へ。しかし、さすがに六甲行きはやめた。シューズが昨日の雨でぐちゅぐちゅであるし、ちょっとモチベーションが上がらなかった。

 自然と人について。

 昨日、そぼ降る雨の中を市街地まで下山した時のこと。

 山中を一人で歩いていると、いろいろな思索をしてしまうのだが、歩きながら人間のことを考えていた。雨だというのに小鳥が飛び交っていたが、山にとって、言い換えれば自然にとって、ただ山の中をうろうろしている人間は、その小鳥となんら変わらない存在だ。ただ、そこにいる一個の生き物に過ぎない。

 山における遭難や海における遭難は数あるが、雪崩にしても津波にしても、火山の噴火にしたって、自然による脅威は、太古の昔から繰り返されてわけで、人間を困らせてやれ、なんてことを自然が思っているわけではない。いつものように雪崩れてみたところに、たまたま人間がいた、ということなのである。

 人間は自然の一部であった。それを意識できなくなったころから、人間に苦悩が訪れたのではないのだろうか、と哲学的なことを考えてみたりする。

 市街地に降り立ったとき、特に六甲の場合は市街地の山際がまだ高台だったりするので、海まで見渡せたりする。先ほどまでの森の中から、パッと都会が開ける。どういえばいいのか、自然というか、本来の姿というべきか、人間が自然の一部であったころの風景はどんなだっただろうと思ってみたりする。江戸時代ぐらいまで遡ればよいのだろうか、もっとそれ以前か? 取り返しはつかない。と、悲しい気分になる。

 あるときから、人間は生物の枠を飛び出してしまったのだろう。なまじ能力を持ってしまったために。いつの間にか、人間たちは「所有する」ことを覚え、そこに人生を賭けるようになったのだろう。

 ここは俺んちの土地、俺たちの土地、わが国の土地。そこに生きる木々や草花や動物や鳥や昆虫や微生物。ひっくるめて俺のものだと主張するようになる。

 レマルクの『西部戦線異状なし』に、最前線の兵士たちが「なんで俺たちは戦ってるんだろう、フランスの山とドイツの山がけんかしてるわけでもないのに」というような内容の会話があったことを思い出す。10代のころにに読んだきりなので、少し違うかもしれない。

 ダイヤモンドという、ただの光る石に価値を見出し、金という鉱物に価値を見出し、所有することに価値を見出し、欲しいと思い、持つことで優越感に浸る。

 人間らしく生きるということの本質はどこにあるのか? 生きるということと、社会的な地位やステイタスや所有とは本来結びつくものではないはずだ。あこがれるのであれば、美しいものにあこがれたい。虚構にあこがれる必要はない。虚構にあこがれ続ける限り、生き物としての人間に未来はない。

 しかし、人間が貨幣を中心とした経済活動をしている限り、欲望がなければ経済も回らないというのもまた現実だ。それがもう、引き返せないところまできているという実感が、漠然とした絶望感につながる。

 某日、某所で、およそ人が人に吐くべきではない言葉を聞いた。悲しかった。何が悲しかったのかというと、聞いたこととよりも、人の中に人に対する言葉としてそんな言葉が用意されていることが悲しかった。ある意味では人というものに絶望した、といっていい。

 しかし、それもまた人間なのだ。

 人間は愛すべき存在であって欲しいと願う。俺もまた人間だから。

 たまたま、有島武郎の『生れ出ずる悩み』を読んだ。名前は知ってるけど読んだことのない名作は数あるが、これもそのひとつで、ずいぶんと前に買っていたのだけど、つい2、3日前に電車の中で読むものがないなと、本棚から引っ張り出したのがそれで、まあ、読んでみるか、と開いてみた。

 純粋に懸命に、誠実に生きようとする人間が描かれていた。たまたまだったが、少し、ほっとした。

 しかし、文学者にしろ何にしろ、生き方や人間の存在や、そういうものを、冷徹にではなく、熱く突き詰める人たちってのは、結局、死を選んでしまうのよね。武郎くんは心中してしまったわけで。これは強いとか弱いとかではないわけで。「現実」というのは、そういう人たちを受け入れるだけの懐の深さがないのでしょうな。

 人間の本質は何なのだろう。

 次の世代に何かを伝えていくこと。生き物として考えるならば、そこに行き着くしかない。であれば、本当に美しいものを伝えなければ。虚構に彩られた美しさや価値観は時代とともにいずれ変わる。そんなものを伝えるべきではない。

 バカ、アホ、青臭い、などという声が聞こえてきそうだが、そう思う。欲望は人間にとって不可欠な感情だろうが、意味の無いものに対する欲望は、争いを生み、侮蔑を生み、妬みを生み、見栄を生む。苦しみを生む。

 所有に固執し始めたとき、人間は苦しみを覚え、悲劇が始まった。

 あるがままに。

 自然の中に身をおいた時、そこには社会的地位や肩書きや、ともすれば、己の名前さえ関係ない。自分という人間がそこにいるだけ。あなたという人間がそこにいるだけ。

 あるがままに。

 

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2008年12月30日 (火)

たまには私事。読まないでね。

 今年も 余すところあと2日になってしまった。

 まだ終わっちゃいないが、どうも総括しなければ気が治まらない。

 前の前の「山のこと」以上に、私事なので、誰も読まないでください。ただ書き付けたいだけなのです。

 この1年、独立してフリーになって2年。ガムシャラにやってきた。で、ガムシャラに山に登った。おかげで、雑誌も作れたし、単行本も作れたし、著書も持つことができた。

 しかしね、ガムシャラだけでは、アカンのね。

 皆さんの、ほんと、皆さんのおかげで何とかやってるわけですよ。何かと頼ってくれたりするとうれしいんですよね。感謝の念に耐えないのよね。

 しかしね。何というのかね。

 この国はね、というか、この世界はね、美しいものがとにかくたくさんあるんですよ。人間では作り出せないような美しいものがね。あ、いや、僕は人間は好きですよ、大好きです。

 でもね、美しいものを、もっともっとたくさんの人が知ると、もっと、世界もよくなる気がするんですよ。もっともっと美しく、もっともっと清らかで、もっともっと素敵になれると思うんです。

 伝えることが僕の仕事であり、ある意味では使命だとも思うんだけども、伝えるってのがやたら難しいわけで、どうすりゃいいのかね。

 なんだか閉塞感がいやだわね。明るい未来が欲しいやね。まあ、せいぜい生きてあと30年から40年、いや、ひょっとしたら明日コロッといくかもしれない。そんな中で、子供たちに素敵な未来をね、残してあげたいと思うのですよ。

 伝えたいことは山ほどある。そいでもって、僕にもまだ伝えてもらってないことも山ほどある。まだ答えはでないけど、やるしかないわね。

 子供たちにとって、いい年でありますように。Img_9286s

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